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研修医日記/医療法人社団 札幌皮膚病理診断科
Sapporo Dermatopathology Institute
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井上智子/研修報告
別ウィンドウPDFにてご覧頂けます。  研修報告.pdf
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井上智子/研修医日記6
 1週間は長いと思っていましたがあっという間に過ぎてしまいました。学会最終日です。
朝8時からoral presentationでした。一人持ち時間質疑応答含めて10分です。いろいろな発表がありました。10分めいっぱい使ってこれでどうだ!と有無を言わせないような発表、診断につきいろいろ意見を求める発表、どれも興味深いものでした。
ここでも英語力が必要です。発表は原稿を用意して(もちろん暗誦です)練習すればよいかもしれませんが、質疑応答がやはり大変です。相手が何を求めて質問しているかを理解しないといけないし、十分な回答ができないといけません。難関です。ここで発表していたチェコのDr.DV Kazakov(まだ30後半くらいの若い先生でした)がとてもいい発表をしていました。
発表のテーマはsebaceous neoplasmでしたが内容も素晴らしく、解釈もとても素晴らしいと思いました。発表の後に木村先生がよい発表だったと声をかけたところ、今取り組んでいるprojectに合う標本をもっていないか、持っていたら加わってほしい、今やっているのはこんなprojectだから見て欲しい、と次々と積極的にdiscussionを持とうとしていました。そのエネルギーがすごい!返事も早く欲しそうでした。さすがの木村先生もびっくりされていて、標本を探す時間をくれ、とたじろいでいるようでした。
Oral presentationの後はmain lecture、special lecture、Ackerman lectureと特別講義が続きました。
その後、Self assessment discussionと進んでいきました。初日のSelf assessmentの解説です。症例を出した人が症例説明をしました。ほとんどの症例がふーん、珍しいのね、というものでした。でも、自分が所見だと思ったところと、本当の所見とののずれがよくわかって、とても勉強になりました。
また、日本でないからこそ見られるという症例もあり興味深かったです。正答率は・・・聞かないでください。次はがんばります。ここで印象に残った症例は色素性痒疹です。日本では割に遭遇する機会の症例ですが、病理所見はacute lesionで、melanophageはなく、spongiosis、好中球浸潤が目立つという、全く色素性痒疹を考えないような所見でした。これもA B啼rの発表だったのですが、彼女が言うには、患者さんが皮疹の出現した当日に受診し、当日に生検ができたからではないかとのことでした。色素性痒疹は日本で主に発表され論文になっているようで、他国では少ないようです。意外でした。
アメリカではDermatopathologyという分野が確立され、dermatopathologistという資格が認められています。ヨーロッパ、その他の国、全ての国が同じ制度を持っているわけではなく、日本と同様にdermatologistでdermatopthologyを専門分野としているという人がたくさんいました。20%皮膚科をやり、80%皮膚病理をしているという人、50%ずつやっているという人。もとは皮膚科だけど、病理に興味があって参加したという人、さまざまです。オーストリアの先生のlectureでヨーロッパの皮膚病理としての体制はアメリカよりも50年遅れているといっていました。日本はどうなんでしょう。学会全体でもアジア人の参加者は少なかったです。日本だけでなく、アジアでももっと発展させていくべき分野なんだろうなと感じました。
 無事に学会も終わり、木村先生ともども無事帰国しました。
今回、ISDPに参加できたことは私にとってとてもプラスになったと思います。いろいろ感じることができ、刺激になりました。これを無駄にしないように努力していきたいと思います。このような機会を下さった木村先生はじめお世話になったいろいろな方に感謝しています。
今後また、他の研修医の皆さんが積極的に海外の学会に参加できるようにしていきたいといろいろな学会に参加されるそうなので、可能な方はぜひ参加されるといいと思います。私も今度は演題を出して参加できたらいいと思います。
井上智子/研修医日記5
 学会2日目です。2日目はほとんどがlectureでした。各分野のエキスパートが与えられたテーマを30分ぐらいで講義をされました。オーストリア、フランス、アメリカ、ドイツなど各国からの演者がもちろん英語で講義をするのですが、発声の仕方や、なまりがあったりで、なかなか聞き取りにくく、耳を慣らすのが大変でした。理解度は?50%解ればいいほうでしょうか。
Nativeでない人でも非常にclearな英語を話される方もいて、その人の講義はとても聞きやすく、内容も面白かったです。
自分のlistening能力のなさが問題なのですが国際舞台に出るためには本当に英語力が必要だと感じました。私が考える必要な英語力というのはすらすら話したり、きれいな発音で話したり、ひととおりの日常会話ができるということではなく、いかに自分の言いたいことを相手に解かるように話せるか、相手の言うことを理解できるか、その上で討論できるかどうかということです。
木村先生もおっしゃっていましたが、つたない英語でもこちらに相手が聞きたい材料さえあって、ある程度のコミュニケーションができれば輪が広がっていくんだと、本当にそう思います。もちろんこちらに討論するための材料がなければ話にならないので日々の病理の勉強は大前提ですが。
学会というのは社交の場、discussionの場であると改めて思いました。日本でもそうであり、そうあるべきなんでしょうが、なかなか若い人間でできている人は自分を含めてですが多くはいないと思います。特に国際舞台ではみんなが自分を売り込んでいるようで、誰でもすぐ声を掛け合って紹介しあい人脈を作っています。木村先生は今回の学会ではだいぶ年齢的には上で、先生の知り合い、友達は学会の重要人物ばかりでした。Dr.K.Resnik, Dr.O.Sangueza, Dr.P.Heenan, Dr.P. Leoit etc.普通にはお目にかかることもないそうそうたるメンバーですが、幸運にも紹介していただきました。もちろん重鎮ばかりではなく、若い人たちもたくさんいました。
若いといっても30後半ぐらいの波に乗っている年代、これからもっともっと延びていく年代の人々ですが。ドイツのA B啼r、彼女は慶応にも何年間か来ていたそうですが世界中を飛び回ってがんばっている若手です。JA Carlsonは次世代のアメリカのhope、C MassoneはGrazのhope。みんなエネルギーにあふれていました。彼らは目立っていましたが、私のようにひっそりと参加している人もたくさんいました。それでも、何か分らないことがあればフロアでしっかり自分を売り込んで質問をし、知り合いを作るという活動はしていました。そういう場でも英語は必要です。
ああ、nativeに生まれたかった、なんて甘えたことは言ってはいけませんが思ってしまいました。いやいや、甘えずに努力をしよう。ちなみに売り込み活動は若い人間だけでなく木村先生もしっかりされていました。Name cardをあらゆる人に渡し、人脈を作る、これ、基本です。こういう努力から新しいprojectが生まれたり、consultation case、lectureの依頼などいろいろな活動に広がりんだと思います。
その夜にはGala Dinnerという社交の場がありました。最初は参加を考えていなかったのですが、木村先生に連れられ参加しました。
さすがにこの会は重鎮と重鎮の弟子たちが主な参加者でした。男性陣はjacket tie着用で、女性陣はかなりの盛装でした。
リスボン市内の植物園の中に会場を特設しており、工夫されていました。ポルトガルはスペイン同様ラテンの国なので、とにかく夜が遅いです。夕食には8時は早い時間で、9時ごろから始まり盛り上がるのは11時過ぎだそうです。
今回のdinnerも集合は8時半で、食前酒が始まったのが9時。食事が始まったのは9時半頃でした。木村先生も私も夜はすぐに眠くなってしまうので10時半には中座したのですが、翌朝日本から参加した陳先生にお聞きしたところ帰りは12時過ぎになったそうです。
陳先生は翌日朝2番目の発表だったのになんだかんだして寝たのは1時半頃だったよとおっしゃっていました。
この日学んだことは、英語が大切ということ、社交能力が必要だということです。
井上智子/研修医日記4
 さて、学会が始まりました。世界遺産でもあるジェロニモス修道院とベレンの塔の間に位置する、ベレン文化センターという最近できたとてもきれいな会場でした。今回の学会はon line登録で、学会の申し込みから飛行機の手配まで全て自分でしました。(もちろん概要は恵子さんに教えてもらいました)ホテルは学会事務局が手配してくれたのですが、今回の学会事務局はミスが多く、予約が間違っていたり、確認をしても返事が遅かったりで、何度もメールのやり取りをして、なかなか大変でした。
事務の能力の問題か、お国柄なのかはわかりませんが、研究所の事務の恵子さんも何度かfaxやメールのやり取りをされたようでしたし、学会当日もいろいろクレームが出ていたようです。私は、国際学会は初めてなので他の国がどうかはわかりませんが、日本の学会の事務局はどこも本当にしっかりしているなと改めて感じました。
また、とても不便だったのが、インターネットです。いわゆるネットカフェをなかなか見つけられず、あってもLANをつなぐことができないところがほとんどでした。われわれが泊まったホテルは会場に一番近く、安く、質素だけれども清潔で、スタッフは親切で交通の便もよくとても快適でしたが、インターネットはできませんでしたメールのチェックをどうしてもしたかったので一度だけ学会指定の超高級ホテルまで出かけて、ビジネスセンターを使わせてもらいました。本当は宿泊客のみが使用できるところなのですが、木村先生の人脈を利用して宿泊客の友達ということで無理やりに使わせてもらいました。普通なら学会会場にネットスペースを作っているものだと思っていたのですが、ネットができるコンピュータが1台あるのみで、LANはつなげませんでした。これには困りました。

本題に戻ります。学会初日は午後からの受付で開始し、Self assessment courseに参加しました。参加者がたくさんいたため、3グループ(各1時間半ずつ)に分けて行われました。私たちは当日参加を申し込んだので第3グループで5時過ぎからでした。Self assessment courseというのは与えられた標本を読み、与えられた臨床情報とあわせて診断をするという実践問題のようなものです。今回は33題でした。会場には数10台の顕微鏡が並び、参加者は順に並んで座って、回ってきた標本を読みます。
限られた時間で標本を読み、次の人に回さないといけないのでとにかくあせってしまってパニックでした。私の後が木村先生でしたので多少時間をかけても大丈夫でしたがその次の人を待たせない程度には標本を回さなければならず、私にはかなりハードでした。解答は、Self assessment discussionが最終日にあり、そのときまでのお楽しみです。が、感触としてはまったくできた感じがせず、ただただパニクって終わってしまい、落ち込むだけでした。
木村先生も初めてのSelf assessmentはかなり出来が悪く落ち込んだもんだよと慰めてくださいましたが、比べ物にならないほどでしょう。でもいいんです。これからですから。
初日はあっという間に終わりました。
井上智子/研修医日記3
 今回は木村先生の夏休みもかねていたので3日間の自由時間がありました。
それに便乗してしまったので残って働いている皆様には申し訳ないなあと思いつつも楽しい時間をすごしました。
今回は学会のツアーや、現地ツアーには入らず、自力で出かける旅の楽しみを満喫しました。リスボン市内の観光や、電車とバスを乗り継いで、郊外の町に出かけ、ユーラシア大陸最西端のロカ岬へ行き大西洋の水平線を見たりしました。時間があるときはそういう旅をすると、毎日何かが起こって思い出深い旅になると思いました。学生時代はよくそんな旅をしたのですが、まさか働き始めてからこんな旅ができるとは思っていませんでした。 木村先生もとても楽しんでいらしたようですし、恵子さんもとてもリラックスしているようでそんなお二人が見られたのもよかったです。
学会が始まるまでは、毎朝少し早起きをして、30分から1時間木村先生と散歩をしました。旅行先で散歩をするというのはその土地の生活をのぞけるいい機会なので大好きです。木村先生も海外に出ると若い頃はジョギングをされていたそうです。今は散歩に変わったようですが。この散歩が先生とお話をするのにとてもいい時間でした。話の内容は日常のたわいのないことから皮膚病理のこと、先生の皮膚科時代、皮膚病理に興味を持ち始めたきっかけ、これからの夢、目標についてなどいろいろでした。
自分がこれから皮膚科の臨床や皮膚病理にどうやって関っていくかを考えるのにとてもいい時間でした。
リスボンの気候は、日中はからっとしていて日差しが強く暑く、サングラス、帽子、日傘が必要不可欠です。各国から観光客が集まっていましたが、概して欧米人はサングラスはするけれども帽子をかぶる人は本当に少なく、日傘をさす人は皆無でした。日傘という文化は日本だけなのかしらと思うくらい誰もさしていません。有色人種はまだしも、白人こそUVケアをしなければならないのに、太陽の光を浴びて、日焼けしたがっているかのようです。ついつい皮膚科の目で見てしまったのですが、よく焼けた白人の肌の光老化が気になってしまって仕方がありませんでした。UVケアに関しては日本人(女性)のほうが意識が高いと感じました。
ポルトガルの食事はとても日本人の口に合うと思います。少し塩味が強いと感じましたが、全体的に何でもおいしく食べられました。我々はよく地元の食堂や、レストランに行きました。英語はほとんど通じず、身振り手振り、こちらの片言のポルトガル語とあちらの片言の英語でコミュニケーションをとりました。それでも、頼んだものは何でもおいしくて、食事に関しての不満はありませんでした。強いて言えば多過ぎる事ぐらいです。食材も豊富で、肉料理、魚料理ともおいしく、野菜たっぷりのスープがおいしかった。ポルトガルは日本と同様タコを食べる国です。タコのサラダ、リゾットなど多種多彩でした。米も食べるのでいろんな種類の炊き込みご飯やリゾットが食べられました。スウィーツもおいしかったです。ちょっと甘すぎるものが多かったですが、日本でも流行ったエッグタルトはホテルのすぐ近くに地元でも人気の店があり、何度か通いました。いつ行ってもすごい人であふれていて、お土産パックも売っていたのですがやはり焼きたてが一番おいしい。持って帰って研究所のみんなのお土産にしたかったのですが、さすがに日持ちしないので断念しました。
地元の人の朝食はコーヒーと菓子パン程度の軽いものですが、昼からはしっかり食べているようでした。
惚れ惚れするほどの食べっぷりで、昼から赤ワインをボトルで開けていていました。若い人々はスリムですが、ある程度の年齢になるとほとんどの人がでっぷりとして来ています。分るような気がします。
でも、きっと食べることが生活のうちの楽しみのほとんどを占めているんでしょう。
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