FC2ブログ
研修医日記/医療法人社団 札幌皮膚病理診断科
Sapporo Dermatopathology Institute
201811<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201901
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
山口淳/研修医日記9
  昨年の10月から研修をはじめて、すでに5ヶ月が過ぎました。相変わらず1日当たり90件~120件余りの標本を木村先生のガイド付きで読んでいくということを続けていますが、一方ですでに診断がついた過去の標本を引っ張り出してきて独力で模擬報告書を作ってみるということ(仮にセルフレビューと呼んでみます)もやり始めました。セルフレビューをやると診断が木村先生の下したものと一致していても、いなくてもどの所見を診断に用いたのか、用いた所見をどう解釈するのかということを一つ一つの症例で検証していくことになります。この作業ではまず、これまでの研修で所見の表現方法あるいはterminologyといったことをどれだけ意識して学んでいたかが試されます。また、所見をどう解釈するかで疾患概念の理解度も試されます。このセルフレビューと木村先生の実際のリーディングに付いて学ぶことを並行して行うことで、所見の選択とその解釈が少しずつ正確で論理性のあるものとなっていくものと思われます。木村先生が所見に関するterminologyや表現方法に常に細かく注意しておられることは、こうした学習を行っていく上で非常に役立っています。

スポンサーサイト
山口淳/研修医日記8
  ひさしぶりの研修医日記です。札幌に来て4ヶ月余りが過ぎました。病理診断の力については、common diseaseに関しては腫瘍性病変は木村先生の診断との的中率は高くなってきたようです。しかし、腫瘍性疾患でも稀なものや炎症性疾患はまだまだです。今後もあせらず、たゆまず学んでいくつもりです。
 話は変わりますが、私のアルバイト先の医療法人は一般の皮膚科訪問診療だけでなく褥瘡治療についても訪問診療を行っています。機会を設けては診療を見学させて頂いています。褥瘡については、病態の評価方法や治療法が褥瘡治療に当たる医師間で統一されていない状況です。私自身、評価も治療も、場当たり的な部分が多く、よい機会と思い勉強させていただいています。
 札幌に来るまでは皮膚科のフルタイムの訪問診療があることも知りませんでした。その私が木村先生のもとに来て、今や褥瘡の訪問診療にも参加できるようになっています。人生の拡大です。人と人のつながりというものは実に妙趣あるものです。このような機会を与えてくださった木村先生そして医療法人の方々にはほんとうに感謝しています。
山口淳/研修医日記7
  今日は、日常の研修から離れてお話を致します。札幌は12月はじめに降った雪が根雪となりそうな感じです。気温は日が沈むとまもなく氷点下になります。しかし不思議なもので沖縄に10年近く住んでいた私が北海道に来てまだ2ヶ月あまりというのにマイナス2~3度の気温ではさして寒さを感じなくなってきています。
 話は変わりますが、先週末は家族と釧路湿原に行ってきました。茅沼というところにあるペンションに泊まったのですがペンションの窓から外を見ると直ぐ近くの草原に数羽の丹頂鶴がいて食餌していました。時々夫婦と思しき2羽の鶴が羽を広げてなき交わしながら舞い踊っていました。この世のものとも思えぬくらいに美しく、神々しささえ感じました。北海道の自然の素晴らしさを満喫した休日でした。
山口淳/研修医日記6
 札幌はこのところ雪が降ったかと思うと雨になったり、晴れたりとめまぐるしく天候が変化しています。
  さて、今回は病理診断書というものについて考えてみたいと思います。みなさんは病理診断書を書くことを専門にしている医者つまり病理医を臨床医だと思っていますか、それとも基礎医学の研究者だと思いますか。私はこれまで、そういった問いをはっきり認識しないままどちらかというと基礎医学に近いと考えていました。しかし、この研究所に来て木村先生の考えをうかがうと、臨床医に近い存在だと認識を改めるようになりました。その理由は、病理診断書に書いてあることは患者個人の特定の病気に関する情報であり、なおかつ臨床診断や治療さらには予後に関して重要な情報であるからです。患者にとっての情報としての重要さは主治医が作成する、いわゆる診断書となんら異ならないことが分かります。当研究所の病理報告書ではなるべく平易な表現を用い、外国語には日本語訳を必ず併記しています。これは、患者が病理診断書を読むことを想定しているからです。もちろん、日本語訳を付けたからと言ってすべてが患者に理解し易いとは言いがたいでしょうが、患者が病理診断書を手にして主治医に病気の説明を聞くという場面を想像すれば自分の病気についての理解がより納得行く形で得られやすいのではないでしょうか。それを読む患者を想定して病理診断書を書くという木村先生の姿勢は、今後求められるであろう医療のあり方に対応していると思われます。また、サービスの提供を受ける側の便益を常に想定しているという意味で一つの仕事として実にプロフェッショナルだと思います。
山口淳/研修医日記5
 研修がはじまって、ようやく1ヶ月がたちました。日々の驚異的な検体数と目と耳からの情報量の多さに私の頭はオーバーフローしっぱなしなのですが、こぼれずに残ったものを少しずつ整理しつつ勉強を進めています。
 この研究所に来て、私の病理の見方で変化しつつあることは、所見を平明な眼でもれなく捉えることが重要だという認識です。当たり前のことなのですが要は、はじめに疾患概念ありきではないということです。例えば、ケラトアカントーマでは病理組織学的にウイルス性疣贅と有棘細胞癌の所見を併せ持つものとウイルス性疣贅の所見のみのものとの両者があります。これまでは、鑑別が問題となるようなケースではケラトアカントーマなのか有棘細胞癌なのかとにかくどちらかの疾患概念に個々の症例をあてはめ、当てはまらない所見は捨てるという作業に没頭していたようなところがありましたが、ここではむしろケラトアカントーマは臨床病名という捕らえ方であって病理組織学的にはケラトアカント-マ様ウイルス性疣贅とケラトアカント-マ様有棘細胞癌との両者があるという立場なのです。こうした捕らえ方は数多くの検体の個々の所見の積み重ねで確立されてきたものなのです。これ以外にも個々の疾患についての病理組織学的なとらえ方の違いは日々感じるところです。それは、さきに申しました、まず疾患概念ありきではなく所見ありきという木村先生の姿勢からきたものなのだと思います。
  今回はビギナーのくせにちょっと偉そうで恐縮なのですが日ごろ実感するところを書いてみました。
copyright © 2018 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。