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研修医日記/医療法人社団 札幌皮膚病理診断科
Sapporo Dermatopathology Institute
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高井利浩/研修医日記(4月)
4月1日
随分と更新をさぼってしまったが、また日記を書いていくことにしよう。日記を更新していない間も、勉強をしていないわけではなく、ただ元々の性格で日記が滞っていただけなのだが。なにしろ、昔から、毎日こつこつと少しずつ何かをやる、というのが不向きな性分で、そのために夏休みの最後などは毎年かなり苦しい思いをしたものであった。通信教育も続かなかった。HP上の日記は後で全部埋めて書かなくてもいいから、よほど気は楽である。ここでの生活もいよいよあとひと月となったことだし、こんな短い日記くらいはしっかり書こうと思う。やっぱりあれは4月馬鹿の嘘でした、と言わなくて済むように、、、、


4月3日
今日の北大皮膚科の検討会の後にあった特別講演は、京都大学の組織工学の先生による、再生医療の話であった。やや畑の違う先生なので、どんなものかなと思いつつ聞いたのだが、これが非常に面白い話で、内容が実に判りやすく興味深いうえに、話される先生が聞かせ上手で、時間を忘れるほどのものであった。また、自分のしておられる研究に対するプライドも、よく伝わってきた。やはり、自らの専門分野に対して、自分は面白くて価値のあることをやっているのだ、という誇りを持つ、というか持てることは医者に限らず大事な事だと思う。もちろん、ただ自信を持つとか、気位が高いとかいうのではなく、だ。ちょっと講義を聞いただけでこんな風に思う僕は単純なのだろうか?自分では純粋なんだと思っているのだが。


4月4日
来週の週末に木村先生が学会に発表するというので、標本出しなどの手伝いをする。今回のはなかなかの数で、去年の全体の標本の1割近くを出してきたのではないかと思う。ただ、あるテーマに沿って大量の組織を見ることが出来るので、自分の勉強にもなる。何の疾患でもそうだが、数をたくさん見ると嫌でもわかるようになってくる。僅かしか見たことがなければ、「うーん、あれかな?」という感じでも、一回にまとめてそればかりを何十件も見たとしたら、、、、次に出てきても、「またこれか!」という感じで反応できるのだ。さすがに今回は何十枚どころか何百枚あるので少し疲れたが。


4月8日
日からもう一人の研修の先生が来られた。曽和先生という女性で皮膚科のキャリアでいえば先輩になる。大阪出身だそうで、確かにしゃべりに関西弁がかなり入っておられる。こちらではなかなか関西弁の仲間がいないので、僕としては有り難いことである。キャラも大変気さくな先生で、いろいろと教えてもいただきたいものだ。今週末の学会の用意のほうはいよいよ佳境にはいり、木村先生も忙しそうである。直前になって忙しくなってしまうのは、いずこも同じのようだ、、、


4月9日
タイガースが強い!熱烈なる阪神ファンの僕としては嬉しいかぎりである。北海道は阪神戦の放映はほとんどなく、巨人の試合ばかりなのが残念だ。しかし、この快進撃のいま、TV放送などあったのでは勉強がまったく身が入らなくなってしまいそうだから、むしろいいのかもしれない。まして、W杯の時期にぶつかったりしてたら、毎日睡眠不足になってしまうだろう。そう考えると、勉強という意味ではよい時期に来れたかなあと思うのだ。2月は寒くて困ったけれど。


4月11日
いよいよ学会発表の準備は大詰めとなってきた。病理組織の写真はわりと上手く撮れていてやり直しなどするはめにはならずに済み、タイトルなどをつけて完成となった。いつも思うことだが、ポスター演題というのは、ぱっと見の印象が結構大事で、細かい字ばかりのポスターでは誰も読んでくれない。今回のポスターは鮮やかな写真を多く使っていて、結論もわりと明快なので、見やすいものになっているのではないだろうか。


4月15日
今日一日だけ、森山先生という年配の病理の先生が見学に来られている。非常に勉強熱心な先生で、これまでも冬以外は月に一回くらい、一日とって勉強に来られていたとの事である。僕の倍以上の年齢でいらっしゃるのに、旅の疲れも見せずに木村先生に質問を連発し、意欲満々なのであった。全く頭の下がる思いである。


4月16日
昨日の森山先生のパワーが強烈で、その反動か、今日は何か朝からどうも体がだるい。曽和先生もそうらしい。木村先生まで疲れた顔をしておられる。木村先生は今日の午後から、またしても学会出張なのだ。何とも忙しい先生である。そのへんのビジネスマンよりもよっぽどあちこち飛び回っておられるのではなかろうか。


4月18日
夕方から「皮膚を見る会」があった。月に一回、研究所で行われる勉強会で、近郊の開業や勤務医の先生が集まり、持ち寄った症例を検討したり紹介する勉強会である。これがまた内容の充実した会で、とてもためになる。周到に準備された学会発表を聞くのもいいが、集まった先生方がああでもないこうでもないと討論されているのを聞くのもよい勉強になるのだ。


4月23日
札幌での研修はとうとう最後の1週間を残すのみとなった。ここまで来ると、また引っ越しの用意やなにやで忙しくなってきてしまうが、研修の方も最後までしっかり充実していたいと思う。


4月24日
北大の皮膚科のカンファレンスに出させていただくのも今日が最終回となった。毎回とても勉強になる会で、いろいろな面で知識を増やすことができ、大変有り難かった。毎週多くの検討会や研究発表、講演があって、ちょっとした学会に行くのと同じくらい、毎回が内容の濃いものであった。この週一回のカンファレンス参加は今後も研究所の研修医のために続けていってほしいものである。


4月25日
最近は木村先生が出張やなにやで忙しいときには、自分で先に標本を見ている。木村先生の横で聞いているときと違い、見るべき病変部がどこかも分からずに自分の未熟さを痛感することもしばしばあるが、これも良い方法だろう。あとで木村先生と一緒に見るときに、それなりの問題意識を持って聞くこともできるし、先に教科書などで調べていれば、2度勉強することになって、より記憶に残る。勉強のやり方じたいもいろいろ工夫するとまた違った効果がある、というのも研究所で学んだことのひとつだ。


4月26日
3ヶ月間の研修がとうとう終了する。短いようで長いようで、やはり短い3ヶ月であった。臨床医としての自分を大げさにいえば改革するべく、木村先生の指導を受けたこの3ヶ月だったが、本当によい勉強になったと感じている。おそらく僕の皮膚科医としての人生は今回の研修で大きく変わっていくだろうと思うくらいである。アメリカではないけれど、僕にとっては北海道が「新たなる希望の地」になったといっても過言ではない。もし皮膚病理に興味のある先生がおられるなら、ここでの研修を考えてみてもいいと思う。まとまった期間をとるのは難しいかもしれないが、効果は折り紙付きである。これは断言してもよい。手術などの臨床研修や基礎研究もいいが、何ヶ月か病理を見ていくのも、またいいと思う。札幌での生活はこれで終わるが、僕にとってはこれが皮膚病理診断学の始まり、入り口というべきだろう。その入り口を大きく開いて下さった木村先生、それぞれの立場からお互いに意見を交換したり多くのことを教えて下さった倉園先生、曽和先生、そしてお世話になったスタッフの方々に心から感謝しつつ、研修を終えたいと思う。

平成14年4月    高井 利浩
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高井利浩/研修医日記(3月)
3月1日
今日から3月、道路に残る雪もそろそろ本格的に減っていくだろうか、歩きやすくなったらうれしいなあ、と思っていたら、この週末は寒波がもどるそうな。春まだ遠く、寒い札幌はもうしばらく僕を悩ませそうだ。寒いのは厚着をすればなんとでもなるが、雪がふって頭やカバンに積もるのと、道が凍って滑るのが困りものである。札幌にきてから、歩いてて足を滑らせて転んだのはまだ一回だけだが、いい歳をしてドタッとこけるのは精神的ダメージが結構大きい。転ばないように気をつけてしずしずと歩くのも疲れるのだ。早く暖かくなってほしいものである。


3月4日
先週の日記で、雪が頭に降るのがかなわん、と書いたら、木村先生が優しいことに「これを使ったらいいよ」と、帽子を出して下さった。NFLの49ersのキャップで、実に格好いいやつであった。かぶると、確かに頭に雪が積もらなくてすむし、しかも暖かいのだ。さっそく、ありがたく帰り道にかぶって帰ったのだが、、、、しかし、、しかし、である。僕のような頭のでかい奴には、このキャップというものが全く似合わない、ということを失念していたのだ。家に帰り着き、鼻歌まじりに鏡を見ると、、、、鏡にうつる、帽子をかぶる自分の姿は、どこからどう見ても爽やかさの欠片もなく、ダフ屋のおっさんにしか見えないのであった。夜以外には帽子かぶるまい、と堅く心に決める僕だった。


3月5日
早いもので、この研究所での研修が始まってから一ヶ月が経った。とにかく、皮膚科医となって以来、こんなに多くの組織標本を日々見ているのは初めてである。これまでは「たまに見かける」というレベルであった疾患が、「しょっちゅう見る疾患」になっていく。(つまり、今まで「しょっちゅう見ていた」疾患は「やたらと見る」疾患に格上げとなっている。)この調子であと二ヶ月足らず、できるだけレベルアップしたいものである。仕事もせずに病理の勉強ばかりしているのだから、進歩しないと罰が当たろうというものだ。


3月6日
いつもの水曜と違い、今日の午後は旭川医大の皮膚科の組織検討会に参加する。時々木村先生を呼んで、対象となるケースを検討されているそうだ。参加する、といっても、札幌から旭川は、JRの特急に乗って一時間半かかり、なかなかの長旅である。旭川というのがまた寒いところで、札幌よりもさらに雪深く、風も強い様に思えた。駅からさらに30分くらいかかるのだが、旭川医大の検討会も非常に興味深い、内容の濃いものであった。特に助教授の山本先生は、全身から皮膚病理が好きだ、というオーラが出て見えそうなほど生き生きとディスカッションしておられた。関連病院からも診断の困難な症例の呈示があり、ずいぶん充実したひと時であった。


3月7日
今度、木村先生が講演で軟部腫瘍の話をするとのことで、そのカテゴリーの疾患の標本を集めて資料を作ろう、ということになった。その方面は僕自身、あまり得意でないというか、なじみの浅い分野だったので、わざわざその機会を設けなくても、集中的に勉強できるまたとない機会が訪れたことになる。標本出しも、研究所のスタッフの方々との協力でできるし、ラッキーなのだ。木村先生はこういう見直し、まとめの作業を事あるごとにされているわけで、そりゃ知識も豊富になるというものだ。早いうちに進めておこうと思い、今日の午前から始めたが、全体の3分の1程しか進まなかった。明日、皆でやれば出し終えることが出来るだろう。


3月8日
午後から出張にでていたので、結局標本出しの残りの部分は、スタッフの方達がしてくださった。夜になって研究所にもどってみると、完璧に揃えられ、整理された標本が並んでいた。また、お礼をしないといけないなあ。
高井利浩/研修医日記(2月)
2月4日
今朝からいよいよ札幌での研修が始まる。僕の住むアパートかから研究所は地下鉄でひと駅である。歩けば歩けそうな距離なのだが、2月ではまだ道が凍っていて歩きにくい。当分は無理をせず地下鉄を利用するとしよう。さて、研究所というのは3階建ての建物で、中もそれなりに広い。2階に検鏡室と木村先生、倉園先生の各部屋があり、3階には研修医室がある。研修医といっても、しばらくの間は僕一人なのだが。部屋も独り占めだ。木村先生の朝は早い。7時半から組織検討が始まるのだ(組織検討のことをリーディングと木村先生は言う)。初日なので必死で顕微鏡をのぞいていたらすっかり目が疲れてしまった。お昼前からは木村先生と北海道大学の医学部の病理部へ行き、免疫染色の見方などについて意見交換。かなり近くなので歩いて行くのだ。研究所に戻ってからホカ弁で昼食を済ませ、またリーディング。眼精疲労が限界に達する頃、夕方になっておしまいとなった。


2月5日
今日も朝7時半からリーディング。そして昼前に昨日と同じく北大病理へ。しかし、木村先生について歩くのは、なかなか苦労する仕事である。何しろ、歩き慣れておられるので歩くのが速い!しかも木村先生は割と背が高く、僕とのコンパスの長さの差は歴然としている。スタスタ歩いて行く先生の後を、「ま、待ってくださいよお-」とばかりに追い掛ける。うっかり八兵衛にでもなった気分である。ちなみに木村先生は背が高いだけでなく、顔だちもはっきりした外人系の雰囲気で、いかにもやり手の親父、といった風貌なのだ。さて、お昼は木村先生と二人で蕎麦屋ですませ、研究所にもどる。午後もリーディングを見学しつつ、色々と教わる。一日に40から50例くらいは見ているから、結構な数だといえる。精力的な木村先生のことだから、これからも仕事は増えていくのだろう。


2月6日
水曜日は昼から北大病理でウィークリーレビュー、そのあとに北大皮膚科のカンファレンスに参加させていただく。他大学の皮膚科のカンファに出られるというのは仲々ないことなので非常に楽しみにしていた。参加できるよう計らって下さった木村先生と、参加を認めて下さる北大皮膚科の清水教授には大変感謝している。本来、北大とは何の関係も無い人間に研修の場を与える義理はないわけで、ありがたさに手を合わせつつ勉強したいと思う。さて、実際出てみて感じたのは、北大の検討会はかなり活発で内容も充実している、ということである。まず、一人一人がよく準備、勉強していて、質疑応答も全体のレベルが高い。というのも、よそ者の僕には誰が一年目の研修医なのかがまるで判らなかったのである。さらに、清水教授も積極的に討論に参加され、鋭い意見をいくつも出しておられた。深読みすれば、清水先生はよそから来た僕がいたので力が入ったというのもあるかも知れない。しかし、それを最大限に割り引いたとしても、内容の濃さは充分だった。ただ、その後に特別講義が2枠続き、さすがに少し疲れた僕であった。


2月7日
木村先生によれば、木曜は検体数も少なく、割とゆっくりできる日なのだそうだ。もっとも、そのつもりでやっていたら午後は少し忙しくなり、他の曜日と変わらない数の標本を見たような気がしたが、、、研修医に教えるという仕事が増えて、木村先生も勝手が違うのかもしれない。


2月8日
今朝もリーディングから一日が始まる。この、朝から組織を見るという生活に、やっと少し慣れて来ただろうか。そして今日も、お昼前の北大病理詣でをする。木村先生いわく、「散歩みたいなもの」らしい。確かに、往復で15分くらいの行程だし、ちょうどよいかも知れない。一日中すわって顕微鏡に向かっているというのは、どう考えても体に悪そうではある。帰りに回転寿司に寄って昼ごはんを済ませた。これも外回りの利点かも。でないと毎日コンビニ弁当の昼になってしまう。さて、午後は勤医協中央病院皮膚科のカンファレンスに行く。木村先生が独立前に勤務していた病院で、皮膚科の外来がかなり立派なのが印象に残った。夕方に研究所に戻り、一週間が終わったことになる。これまでになく勉強になっているのは間違いないが、慣れない生活で少し疲れた一週間でもあった。週末の連休に雪祭りにでも見に行くとしよう。


2月12日
ここでの研修も2週目に入った。リキまずに顕微鏡をのぞくコツを覚えてきたのか、眼が疲れることはなくなってきた。研修中の検討テーマも決まり、かなり方向性が見えてきた気がする。あと、雪道にも慣れてきたので、地下鉄をやめて徒歩で通うことにした。札幌というところは道が格子のように走っていて、町の中心部では交差点の地名が「北22条西4条」という具合に表示されている。これは大変にありがたい。なにせ、僕はひどい方向音痴で、初めて訪れる場所では必ず迷ってしまうのだ。しかし、この方式で地名が書いてあれば、いくら方向感覚に乏しくとも、自分がいまどちらへ進んでいるのかが簡単にわかる。それはいいのだが、今日は朝から雪が降ってて、足をとられて歩きにくかった。まあ、頑張って歩くとしよう。


2月13日
午前に北海道大学の病理部を訪れた帰り、木村先生と、カレーを食べた。木村先生お勧めの店であった。ただ、12時前に店に着いたときはまだ開店しておらず、準備中だった。僕たち二人が待っていると、さらに、若いにいちゃんの二人連れがやってきて、彼らも開店待ちをし始めた。パチンコ屋の開店前みたいな状態で待つこと10分、やっと準備中の看板が外された。ついにありついたカレーは、スープカレーというのか、さらさらのルーがかかった奴だ。スパイシーで、なかなかの味であった。この界隈には色々とお勧めの店があるらしく、札幌にいる間にあちこち行くことになりそうだ。そして午後は、先週と同じく北大皮膚科のカンファレンスを見学させていただく。今週は症例検討会の後は特別講演はなく、報告会をされていた。いずれも自分の興味のある分野の話題で、大変興味深く聞くことができた。


2月14日
最近雪がよく降る。寒いのはまあ我慢できるが、雪が降るというのは歩きにくいし、服や荷物に雪が積もって大変である。しかし、札幌では、多少の雪では傘をささない人が多い。慣れているからなのか?まあ、雪の度に傘をさしていたのでは、毎日傘を持って歩かないといけなくなってしまうが。地元の人に聞くと、あとひと月くらいで雪はなくなるとのことだ。


2月15日
今日は夕方から、研究所の面々でコンサートに出かけた。中島公園というところある、なかなか立派なホールであった。メインは二胡という中国の楽器で、胡弓ともいう。もう一種類の中国の楽器と、ピアノとの協奏で10曲くらい演奏していた。演奏者は、かなり日本でも広く活動されている有名な方らしい。ゆっくりと音楽を楽しませていただいた。途中で少し寝たが。木村先生によると、三ヶ月に一回くらいの割で、こういう文化的なイベントもやりたいとのことである。


2月18日
研究所でリーディングする検体の数も順調に増えており、一日に80例を越す勢いである。もちろんcommon diseaseも多いのであるが、それも大事なステップといえる。 common diseaseを多くみておくことで、uncommonな疾患を引っ掛けていくことができるようになる。common diseaseのバリエーションを理解していないと、その範囲をはみ出たものに反応できないのだ。これは、皮膚科の日常診療にもいえることだろう。多く見ていることは、それだけで一つのメリットになるのだ。また、木村先生が、本に書いていない、または書いてあってもニュアンスの掴みにくいポイントをよく教えてくださるのも非常に勉強になる。リーディングの速度を落としているのはまちがいないが、せめて木村先生に教え甲斐をかんじさせるくらいの生徒になるよう、頑張ろう。


2月19日
リーディングをしていない時間は、自分で勉強をする。今やっているのは、疾患を絞って標本を出してきて、通して見ていくというやり方。普段ではたまにしかお目にかからないような疾患の組織を、この時とばかりにいくつも見て、しっかり憶えてしまおうというのだ。あまり欲張ると散漫になって所期の目的を逸するので、なるべく種類を絞り込むか、関連する疾患や鑑別が難しい疾患でまとめて見る。標本が完璧に整理されているおかげで、こんな方法も可能なのだ。研修医部屋にも顕微鏡があるし、いくらでも組織をみることができる。恵まれた環境という他ない。見過ぎると涙目になるけれども。


2月20日
今日は木村先生は出張で、研究所におられない。リーディングはお預けだが、ゆっくりと自分で組織を見たり勉強をすることにする。まだ研修医は自分一人なので、研修医室にCDラジカセを持ち込んで、適当に音楽など聞きながら勉強している。もともと「ながら族」という奴で、全く静かなのよりはその方が能率が上がるのだ。夕方は例によって北大皮膚科のカンファレンスへ行く。今日はじめて一人で大学へ行くが、迷いようもない、判りやすい近い道のりである。いくら僕でも迷わない。はずだったが、大学の敷地に入ってから少し迷ってしまった。


2月21日
木村先生が昨日出張されていたので、今日はリーディングする組織の数が多い。基本的には、結果はその日のうちに返さなければいけないので、けっこう大変な仕事である。まあ、僕は一介のゲストに過ぎないので、傍観者的な見方になるし、お手伝いできることなどほとんどない。せめて、邪魔にならない様に、、、、。質問などはもちろん遠慮なくするが、あまりアホな質問で木村先生の腰を砕けさせるようなことはするまいと思うのであった。


2月26日
あいかわらず標本の数は多い。今までは滅多にお目にかかっていないような疾患が、月に2例も3例も見られたりして、これは凄い利点である。何例も見ると、バリエーションも判ってきて、その疾患に対して苦手意識もなくなるし、本で復習するときも「確かにこういう所見があると書いてあるけど、このくらいでそう解釈できるんだろうか?このくらいで十分なのかな、もっと強いことが多いのかな?」などと考え込むことも減る。木村先生も、とにかく数をみてパターンを掴んでいくことで、診断に迷う症例を見たときの判断力になっていくのだ、と強調されている。実際、多くの組織を見てきたからこそのポイントを多く知っておられるし、経験あればこそ、という着眼点も鋭い。知れば知るほど奥深い、頂上は存在しない、という分野なのだろうか?僕などは駆け出しもいいところで、まさに洟垂れの小坊主とでもいう未熟者、頑張らねば。


2月27日
水曜は午前に病理部の検討会、午後に皮膚科の検討会と、一日に二回、北大へ行く事になる。皮膚病理を日々見ていく中で、病理の先生方や臨床家の皮膚科医と意見交換をする場があるというのは大変有意義なことだ。臨床病理の先生からは血液系疾患や間葉系腫瘍についてのアドバイスをいただける。このあたりの組織所見については、普段から見慣れておられる病理の先生が詳しいことも多い。北大皮膚科のカンファレンスに出席することは、木村先生にとっては臨床の先生との討論の場になるが、僕にとっては純粋に臨床の勉強という意味でも大きい。病理ばかり勉強していたら、臨床を少し忘れて行くかも、とも思っていたが、北大のカンファレンスに出るおかげでそんなことはまったくなく、むしろ臨床面でも知識をつけることができている。一日に二度、足を運ぶだけのことはあるのだ。


2月28日
午前中、研究所のもう一人のスタッフの倉園先生と、北大の病理部の標本作成のプロセスを見学に行ってきた。倉園先生はそんなプロセスは十分に知っておられるのだが、それについて今度ミニレクチャーの様なことをするので、それ用の写真撮影などをされるのだ。僕がそれにくっついていって、見学させていただいたのである。今日は染色をされるのは午後になるとのことだったので、薄切するところまでの見学となった。TVなんかで、よくお笑い芸人が職人の仕事を取材に行ったりしているが、あんな感じで職人技に感心しながら眺めているのであった。TV番組みたいに「あんたもやって見ますか?」とは言われなかった。まあ、言われても困るが。
高井利浩/序章
高井です。平成9年神戸大学卒、皮膚科入局して5年目になる者です。ここでは、札幌皮膚病理研究所に2月から研修医としてやって来た僕の、日々の生活を書いてみたいと思います。
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